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りょうまの軌跡【はじめてのひとへ】
1985年10月15日。
京都で生まれました。
正直、自分では覚えてないけど、
かなりの人見知りだったみたいです。
外では静か。
家では元気。
典型的な「うち弁慶」でした。
5歳のとき。
保育園の運動会、かけっこ。
最後のコーナーで派手に転びました。
そのとき、めちゃくちゃ泣いたんです。
たぶん人生で初めて、
「うまくいかないことってあるんだ」
そう知った瞬間でした。
小学生の頃は、サッカーばかり。
副キャプテンもやってました。
…とはいえ、何をしていいか分からず
ただの“名ばかり副キャプテン”。
中学・高校もサッカー部。
でも、ここで残酷な現実を見ます。
周りが、うますぎる。
僕は3年間、
一度もベンチ入りできませんでした。
ユニフォームすら、もらえない。
下の学年の子が袖を通しているのを見て、
正直、心が折れました。
ここから、僕は変わります。
いや、正確には「歪みました」。
「どうせ頑張っても意味ない」
本気に挑戦するほど、
あとで自分が惨めになる。
だったら最初から、
本気にならないほうがいい。
この呪いのような考えが、
何年も僕を縛り続けました。
中学3年のとき、
父が亡くなりました。
毎日、泣いてました。
でもあるとき、プツンと思ったんです。
「もう、しんどい」と。
それから、
感情にフタをすることを覚えました。
悲しさを感じないようにする。
その代わり、喜びも感じにくくなる。
感情の起伏がない、そんな生き方です。
高校は、とにかく無難に。
怒られない程度にやる。それだけ。
女の子とも、ほぼ話さない3年間。
心の中で、勝手に決めつけていました。
「自分は女性に相手にされない人間なんだ」と。
そのまま26歳まで。
実家暮らし。パチンコ屋でバイト。
休みの日もパチンコ。
負けたらゲーム。
たまに琵琶湖でバス釣り。
女性との関わりも、ほぼゼロ。
今思えば、
“逃げるのが上手いだけの人生”でした。
このとき、借金を200万円つくり、
1年で完済しました。
2012年。
26歳で、飲食企業に就職。
でも、中身は変わっていません。
「頑張っても意味ない」
だから、怒られない程度に、ほどほどに働く。
そんな僕に、転機がきます。
同期の男が、
新店舗の店長に抜擢されました。
僕は思いました。
「大変そうやな。自分じゃなくてよかった」
…なのに。
なぜか、涙が勝手に出てきたんです。
そのとき、気づきました。
僕、本当はめちゃくちゃ悔しかったんです。
「自分も店長になりたかった」
そう思ってた。
でも、それを認めたらまた傷つくから、
必死に逃げていただけだった。
“本気の自分”から逃げていたのは、
誰でもない、自分自身だった。
そこから、人生が変わります。
ゲームでいうと、マリカーのスター状態。
今まで本気を出してこなかった分、
自分には「伸びしろ」しかなかった。
・人の3倍努力する
・人の3倍考える
・人の3分の1しか寝ない
これを、本気でやり抜きました。
通勤の電車ではずっと勉強。
仕事は1分でも早く終わらせる工夫。
誰よりも大きな声で接客。
部下を叱ることから、もう逃げない。
正直、これが一番キツかったけど、
それでも、逃げなかった。
そしてある日。
社長から言われました。
「京都で一番売上の高い店、任せる」
初めてでした。
自分の努力を、認められたの。
泣きました。
でもそれ以上に、初めて自分に言えたんです。
「よくやったな」って。
そこからは加速。
最優秀店舗賞を2回受賞。
エリアマネージャー、営業部長へ。
5店舗だった会社は、160店舗へ。
僕の人生も、一気に変わりました。
気づけば、
会社の代表として5000人の前でプレゼン。
テレビにも出演し、
会社の顔として前に立つこともありました。
新店舗の立ち上げを直営100店舗ほどの内、
80店舗ほど任され、
1000人以上の教育にも携わりました。
人が変わる瞬間を、何度も見てきました。
2017年。
ぼくが率いた営業部は、
なんと飲食業界で“昨年対比 日本一”
になりました。
でもこれは、才能じゃない。
ただ一つ。
“逃げるのをやめた”
それだけです。
二度と飲食業界には戻らないけど、
あのとき積み上げた泥臭い経験が、
今の僕の土台です。
…とはいえ、今は。
適当なこと言ったり、
スケベなことばっかり言ってる
ただのアラフォーです(笑)
2022年。
ここから、次のステージ。
セラピストとしての人生です。
入店してすぐは、
何をしたらお客様が予約してくれるのか、
サッパリ分かりませんでした。
テクニック? 販促活動?
女性にモテてこなかった人生だから、
女性心理なんて、一切わからない。
能力も経験もない僕は、
「手当たり次第、思いついたことからやる」
それしかありませんでした。
まずやったのは、
内勤さんたちが仕事をしている場所で
毎日、朝の3時まで待機して
顔と名前を覚えてもらうこと。
次の日は本業で7時半起き。
若くはない体には、正直しんどかった。
でも、お客様がセラピスト選びに困ったとき、
「りょうま」と名前を出してもらえる確率を
1%でも上げたかったんです。
待機中もYouTubeや本を読み漁り、
性知識や女性心理を勉強しました。
「勉強すれば能力はつく」
大人になってからの成功体験があったから、
自分の行動を疑わずに突き進めました。
それでも。
毎日予約が入らない僕を見て、
見かねた内勤さんが「りょうま」を提案してくれても、
お客様が選ぶのはいつも、
身長が高い人、ランキングの人、若い人。
そのたびに、心がズキッと痛みました。
36歳の大人になっても、
誰かに選ばれないこと、
他の男を選ばれるという現実は、やっぱり辛い。
毎日深夜の3時に退勤し、
40分かけて自転車で帰るとき。
ほぼ毎日、泣きながらペダルを漕いでいました。
36歳の、いい大人の男泣きです。
悔しくて、情けなくて。
そのときは毎日、ケツメイシの「涙」を聴いていました。
今でもその曲を聴くと、
あの時の悔しさが蘇って、逆にやる気が湧いてきます。
この仕事を始めて、
半年がたったとき。
全国リピートランキング、1位。
それも一度じゃなく、
連続で取り続けることができました。
本店の講師も、
最速で任せてもらえるようになりました。
でも、やってることは昔と同じです。
特別な才能なんてありません。
ただ、
「目の前の人と本気で向き合う」
それを、泥臭くやり続けただけです。
僕は知っています。
人は、
安心できたとき、
初めて本音を出せること。
信頼できたとき、
初めてカラダも心も開くこと。
飲食で1000人以上と向き合ってきた経験と、
今の現場での実感が、
今、すべてつながっています。
僕の夢は、
「世界一のSEXの学校」
を作ること。
日本の性知識を、世界一にすること。
そして、
悩み自体がなくなるような
“本当は必要ない世界”を作り
女風が必要でない世の中に。
ここまで読んでくれたあなたへ。
もし今、
・自信がない
・頑張るのが怖い
・どうせ自分なんてと思ってる
そう感じているなら。
大丈夫です。
僕も、ずっとそっち側でしたから。
たった一回でいい。
「逃げずに向き合う瞬間」
これがあるだけで、人生はマジで変わります。
僕は、あなたに寄り添えます。
誰よりも情けない、同じ道を通ってきたから。
あ、最後にひとつ。
エロも、めちゃくちゃ好きです(笑)
無理にとは言いません。
でも、少しでも「変わりたい」と思ったら。
そのときは、いつでも連絡ください。
『努力すれば、必ず誰かが見てくれている』
東京秘密基地本店
セラピスト りょうま☘️
京都で生まれました。
正直、自分では覚えてないけど、
かなりの人見知りだったみたいです。
外では静か。
家では元気。
典型的な「うち弁慶」でした。
5歳のとき。
保育園の運動会、かけっこ。
最後のコーナーで派手に転びました。
そのとき、めちゃくちゃ泣いたんです。
たぶん人生で初めて、
「うまくいかないことってあるんだ」
そう知った瞬間でした。
小学生の頃は、サッカーばかり。
副キャプテンもやってました。
…とはいえ、何をしていいか分からず
ただの“名ばかり副キャプテン”。
中学・高校もサッカー部。
でも、ここで残酷な現実を見ます。
周りが、うますぎる。
僕は3年間、
一度もベンチ入りできませんでした。
ユニフォームすら、もらえない。
下の学年の子が袖を通しているのを見て、
正直、心が折れました。
ここから、僕は変わります。
いや、正確には「歪みました」。
「どうせ頑張っても意味ない」
本気に挑戦するほど、
あとで自分が惨めになる。
だったら最初から、
本気にならないほうがいい。
この呪いのような考えが、
何年も僕を縛り続けました。
中学3年のとき、
父が亡くなりました。
毎日、泣いてました。
でもあるとき、プツンと思ったんです。
「もう、しんどい」と。
それから、
感情にフタをすることを覚えました。
悲しさを感じないようにする。
その代わり、喜びも感じにくくなる。
感情の起伏がない、そんな生き方です。
高校は、とにかく無難に。
怒られない程度にやる。それだけ。
女の子とも、ほぼ話さない3年間。
心の中で、勝手に決めつけていました。
「自分は女性に相手にされない人間なんだ」と。
そのまま26歳まで。
実家暮らし。パチンコ屋でバイト。
休みの日もパチンコ。
負けたらゲーム。
たまに琵琶湖でバス釣り。
女性との関わりも、ほぼゼロ。
今思えば、
“逃げるのが上手いだけの人生”でした。
このとき、借金を200万円つくり、
1年で完済しました。
2012年。
26歳で、飲食企業に就職。
でも、中身は変わっていません。
「頑張っても意味ない」
だから、怒られない程度に、ほどほどに働く。
そんな僕に、転機がきます。
同期の男が、
新店舗の店長に抜擢されました。
僕は思いました。
「大変そうやな。自分じゃなくてよかった」
…なのに。
なぜか、涙が勝手に出てきたんです。
そのとき、気づきました。
僕、本当はめちゃくちゃ悔しかったんです。
「自分も店長になりたかった」
そう思ってた。
でも、それを認めたらまた傷つくから、
必死に逃げていただけだった。
“本気の自分”から逃げていたのは、
誰でもない、自分自身だった。
そこから、人生が変わります。
ゲームでいうと、マリカーのスター状態。
今まで本気を出してこなかった分、
自分には「伸びしろ」しかなかった。
・人の3倍努力する
・人の3倍考える
・人の3分の1しか寝ない
これを、本気でやり抜きました。
通勤の電車ではずっと勉強。
仕事は1分でも早く終わらせる工夫。
誰よりも大きな声で接客。
部下を叱ることから、もう逃げない。
正直、これが一番キツかったけど、
それでも、逃げなかった。
そしてある日。
社長から言われました。
「京都で一番売上の高い店、任せる」
初めてでした。
自分の努力を、認められたの。
泣きました。
でもそれ以上に、初めて自分に言えたんです。
「よくやったな」って。
そこからは加速。
最優秀店舗賞を2回受賞。
エリアマネージャー、営業部長へ。
5店舗だった会社は、160店舗へ。
僕の人生も、一気に変わりました。
気づけば、
会社の代表として5000人の前でプレゼン。
テレビにも出演し、
会社の顔として前に立つこともありました。
新店舗の立ち上げを直営100店舗ほどの内、
80店舗ほど任され、
1000人以上の教育にも携わりました。
人が変わる瞬間を、何度も見てきました。
2017年。
ぼくが率いた営業部は、
なんと飲食業界で“昨年対比 日本一”
になりました。
でもこれは、才能じゃない。
ただ一つ。
“逃げるのをやめた”
それだけです。
二度と飲食業界には戻らないけど、
あのとき積み上げた泥臭い経験が、
今の僕の土台です。
…とはいえ、今は。
適当なこと言ったり、
スケベなことばっかり言ってる
ただのアラフォーです(笑)
2022年。
ここから、次のステージ。
セラピストとしての人生です。
入店してすぐは、
何をしたらお客様が予約してくれるのか、
サッパリ分かりませんでした。
テクニック? 販促活動?
女性にモテてこなかった人生だから、
女性心理なんて、一切わからない。
能力も経験もない僕は、
「手当たり次第、思いついたことからやる」
それしかありませんでした。
まずやったのは、
内勤さんたちが仕事をしている場所で
毎日、朝の3時まで待機して
顔と名前を覚えてもらうこと。
次の日は本業で7時半起き。
若くはない体には、正直しんどかった。
でも、お客様がセラピスト選びに困ったとき、
「りょうま」と名前を出してもらえる確率を
1%でも上げたかったんです。
待機中もYouTubeや本を読み漁り、
性知識や女性心理を勉強しました。
「勉強すれば能力はつく」
大人になってからの成功体験があったから、
自分の行動を疑わずに突き進めました。
それでも。
毎日予約が入らない僕を見て、
見かねた内勤さんが「りょうま」を提案してくれても、
お客様が選ぶのはいつも、
身長が高い人、ランキングの人、若い人。
そのたびに、心がズキッと痛みました。
36歳の大人になっても、
誰かに選ばれないこと、
他の男を選ばれるという現実は、やっぱり辛い。
毎日深夜の3時に退勤し、
40分かけて自転車で帰るとき。
ほぼ毎日、泣きながらペダルを漕いでいました。
36歳の、いい大人の男泣きです。
悔しくて、情けなくて。
そのときは毎日、ケツメイシの「涙」を聴いていました。
今でもその曲を聴くと、
あの時の悔しさが蘇って、逆にやる気が湧いてきます。
この仕事を始めて、
半年がたったとき。
全国リピートランキング、1位。
それも一度じゃなく、
連続で取り続けることができました。
本店の講師も、
最速で任せてもらえるようになりました。
でも、やってることは昔と同じです。
特別な才能なんてありません。
ただ、
「目の前の人と本気で向き合う」
それを、泥臭くやり続けただけです。
僕は知っています。
人は、
安心できたとき、
初めて本音を出せること。
信頼できたとき、
初めてカラダも心も開くこと。
飲食で1000人以上と向き合ってきた経験と、
今の現場での実感が、
今、すべてつながっています。
僕の夢は、
「世界一のSEXの学校」
を作ること。
日本の性知識を、世界一にすること。
そして、
悩み自体がなくなるような
“本当は必要ない世界”を作り
女風が必要でない世の中に。
ここまで読んでくれたあなたへ。
もし今、
・自信がない
・頑張るのが怖い
・どうせ自分なんてと思ってる
そう感じているなら。
大丈夫です。
僕も、ずっとそっち側でしたから。
たった一回でいい。
「逃げずに向き合う瞬間」
これがあるだけで、人生はマジで変わります。
僕は、あなたに寄り添えます。
誰よりも情けない、同じ道を通ってきたから。
あ、最後にひとつ。
エロも、めちゃくちゃ好きです(笑)
無理にとは言いません。
でも、少しでも「変わりたい」と思ったら。
そのときは、いつでも連絡ください。
『努力すれば、必ず誰かが見てくれている』
東京秘密基地本店
セラピスト りょうま☘️




