5/11 21:30 UP!
ニューヨークの地下鉄で感じたこと。
ニューヨークの地下鉄で、隣の人のことを考えていた。
肩が触れそうなほど近い。でも目が合わない。話さない。互いに存在していないかのように、同じ車両の中にいる。800万人が暮らす街で、ひとりでいることは簡単だ。これほど人がいるのに、誰にも届いていない感覚があった。
人肌恋しい、という感覚がどこから来るかを考えていた。
孤独は、ひとりでいることではない。人がそこにいるのに、誰にも届いていない状態だ。ニューヨークの地下鉄は、その極端な形だった。物理的には密集しているのに、誰も誰かに届いていない。それぞれが自分の膜の中にいる。
東京も、同じだと思う。会社に行けば人がいる。飲み会に行けば笑っている。でも帰ってきたとき、誰かに触れた感覚がない。人がいることと、誰かに届くことは、別のことだ。その差が、夜になるとじわじわと体に来る。
私のところに来る方の多くが、その感覚を持ってくる。言葉にしない人もいる。でも体を触れていれば、わかる。届いていない体は、最初の数分で伝わってくる。そういう体に触れるとき、私はゆっくり時間をかける。
届く、ということが、何より先に必要だからだ。
地下鉄を降りたあと、ニューヨークの街を少し歩いた。人の多さが、逆に静かに感じた。
たけと
肩が触れそうなほど近い。でも目が合わない。話さない。互いに存在していないかのように、同じ車両の中にいる。800万人が暮らす街で、ひとりでいることは簡単だ。これほど人がいるのに、誰にも届いていない感覚があった。
人肌恋しい、という感覚がどこから来るかを考えていた。
孤独は、ひとりでいることではない。人がそこにいるのに、誰にも届いていない状態だ。ニューヨークの地下鉄は、その極端な形だった。物理的には密集しているのに、誰も誰かに届いていない。それぞれが自分の膜の中にいる。
東京も、同じだと思う。会社に行けば人がいる。飲み会に行けば笑っている。でも帰ってきたとき、誰かに触れた感覚がない。人がいることと、誰かに届くことは、別のことだ。その差が、夜になるとじわじわと体に来る。
私のところに来る方の多くが、その感覚を持ってくる。言葉にしない人もいる。でも体を触れていれば、わかる。届いていない体は、最初の数分で伝わってくる。そういう体に触れるとき、私はゆっくり時間をかける。
届く、ということが、何より先に必要だからだ。
地下鉄を降りたあと、ニューヨークの街を少し歩いた。人の多さが、逆に静かに感じた。
たけと




